芸者の着物事情と、自己満足の限界

秋も深まり、着物が紅葉に映える季節になりましたね🍁

芸者にプチ復帰して、少し忙しくしています。

先日、久しぶりに着物を着てお出かけしました。

秋 着物コーディネート

祖母の真っ赤な反物を紫に色掛けして、袷に仕立てました。

羽織も自作です☆

お出掛けで着物を着るのと、仕事で着物を着るのとは、まったく別物です。

復帰する前は、「着物のおしゃれも楽しみたいな♪」なんて思っていたけど、

いざ仕事となると、着物なんてどうでもよくなります。

だいたいみんな1カ月同じ着物を着ています。小物もぜんぶ同じ。

帯が擦り切れていようと、帯揚げがボロボロだろうと、おかまいなし。

「袷」や「単衣」、「訪問着」や「小紋」という言葉を知っている人もほとんどいません。

そのくらい着物の位置づけは低いです。

ただし、きれいに着ることにはとても厳しいです。

十代の子も、置屋のお母さんに1、2回教わっただけで、ばっちりきれいに着ているからすごいです。

それだけ指導に圧があるということですが。

着付けを覚えたければ、芸者になるのが手っ取り早いこと間違いなし!

でも帯結びは覚えられません。

今いる花街も、前いた花街も、帯は作り帯でした。

佳つ乃さんも雑誌のインタビューで、帯はぜんぶ二部式と言っていたから、花柳界はどこも作り帯なのかな。

だから私はいまだにお太鼓がうまく結べません。

二部式だとピシッとしたきれいな真四角のお太鼓がつくれるので、自分の帯も切って二部式にしてしまおうか考えていますが、なかなか切る勇気は出ません。

話は戻って、この日は上野の正倉院展に行きました♪

正倉院展

螺鈿!うつくしいです。これは模造品ですが、本物もありました。

すごい混雑でしたが、着物を着て出かけるのは楽しいなと改めて思いました。

私くらいの未熟者では、着物を楽しむにはたまに着るのがちょうどいいです。

着物暮らしには憧れますが、毎日のように着ていると、着物を着物として認識できなくなるというか、どうでもよくなってしまうというか。

着物に対する自分の自己満足の限界をここに感じます。

ブログやSNSで、毎日着物を着ている方を見ると、本当にすごいなと思います。

しかもちゃんと細部まで心を配っている、その精神性を心から尊敬します。

ボロボロの帯揚げを1カ月つけていても、どうも思わない自分が恥ずかしい(*ノωノ)

私にとっての着物への憧れというのは、丁寧な暮らしとか和の心とか、そういう精神的なものなのかもしれないと感じる深夜1時のほろ酔いでした🍷

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